先日とある生徒がこんなことを言っていました。「テスト前には60点とれるかな、って考えればいいんだよ。だってそれで60点だったらガッカリしないし。でも、80点だったらうれしいでしょ?」

実は私もこんな考え方を長い間持っていました。期待をしなければ、失望もしない。悲しくならない人生が一番だ、と。そんな昔を思い出しつつ、私が先輩から言われたことをそのまま生徒にも伝えました。

イチローはバッターボックスに立つ前、打てなくてもいいや、という気持ちでピッチャーに向かっていくのかな?北島康介は、オリンピックで金メダルなんてとれなくてもいいや、と思って泳ぐのかな?

そうではないと思うんだよね。イチローは絶対に打ってやる、と思ってバットを手にするし、北島は絶対に金メダルをとってやる、と思ってレースに臨むんだよ。

今目の前には二つの選択肢がある。一つは、いつも期待をせずに、傷つかない守りの人生をおくるのかもう一つは、絶対にこうしていく、と決めて精一杯の努力をして目標を達成しようとするのか。

どっちを選びたい?と。

散歩をしながら富士山の頂上に上った人はいない、と耳にしたことがあります。それと同じで、人生においても、目標を決めてそれに向かって最大限の努力をするから、目標地点に到達することができる。そこには期待ではなくて、断固たる決意があるのだと思います。

最初のテストに話を戻せば、絶対に100点をとってやる、と決意をするから、100点をとる一番効率が良い道を見つけ、努力をするのです。がんばれば、100点をとれるようになる、ではなく100点取る!と決めてがんばるから100点をとるのです。微妙な違いかもしれませんが、これが大きな違いなのです。

トレーニングをしていれば、富士山にいつか登れるようになるや、と絶対に富士山に登ってやる、と決めて毎日登山トレーニングをするのでは、後者のほうが圧倒的に効率が良いトレーニングを行い、富士山に早く登れるようになるでしょう。

ピアノを毎日練習していれば、ピアニストになれるのではなくて、人に感動を与えるようなピアニストになる、と決めて毎日ピアノの練習をするからピアニストになれるのだと思います。同じ練習をしていても、結果として雲泥の差がでてくるでしょう。

これは、受験生でも同じです。合格という目標に向かって全力をつくすから、得るものがあるのだと思います。落ちたらショックが大きいから、あまり期待せずにがんばろう、ではなく絶対に受かってやる、その決意が周りからの声援を受け、効率の良い勉強法を見つけ、合格へと導くのです。そして、もし結果として好ましくないものに終わったとしても全力を尽くしたその過程は、後悔するものではなく、充実したものとして人生の財産になるでしょう。

傷つかないために、期待値を低くして守りの人生を送るのか

断固たる決意で、目標達成のために時間を使うのか。

私は生徒たちに後者の人生を歩んでもらいたいと思っています。