私が大学院にいた頃、毎日のように大量の論文を読み、それをなんとか理解し、クラスで議論。そして論文作成の連続で正直言って、早く大学院を卒業したくてたまらない時期でした。

そんな苦しい時に、ジョナサン(アメリカでは教授も苗字ではなく名前で呼ぶことが多々あります)という誰にも慕われるやさしそうなおじいちゃんのような雰囲気の教授との会話が私を救ってくれました。

私は彼にこう弱音をこぼしました。

「どうしても自分とクラスメートを比較し、自分の無能さに落胆してしまう。自分と周りを比べることはいけないことだと分かっているんだけど」と。

私は当時「他人と自分を比べるのではなく昨日の自分と今の自分を比べてどうか今の自分と未来の自分と比べてどうか」

という言葉に感銘を受けると同時に、それを実践できていない自分に苛立ちを覚えていました。

するとジョナサンは、読了中だった本を閉じ高い鼻にかかった眼鏡を外し笑顔でこう応えました。

「別に他人と比べることは何も悪い事じゃない」と。私にとってはとても驚きの言葉でした。彼は続けました。

「自分という人間がどんな人間なのか。それは周りと比べないと分からない。例えば、自分の身長は低いのか高いのか。周りの人と比べて初めて分かる。自分という人間をより理解するのに周りと比べる必要がある。だから比べることは何も悪い事ではない。でも、比べて落胆する必要はない。比べることで自分をより理解できるのだから」と。

私は今までの考え方を180度転換させられた思いでした。そっか。比べること自体は何も悪い事ではないんだ、と。比べて落胆しなければ良いのか、と。

とても短い会話だったのですが、それをきっかけに心が軽くなり大学院の忙しい日々を乗り越えられたのだと思います。

私も生徒達を比べます。彼は計算は速いけれども、要約は苦手だ。それに比べると彼女は読解問題は得意だけれども、計算ミスが多い。などなど。

比べることはあくまでも、その子をより理解するために行います。比較をもってこの子は良くてこの子は駄目ということではありません。

皆それぞれの良さがあり、それぞれ向上するべき点があります。比較をすることで生徒を評価するのではなく、より生徒のことを理解し彼らが成長しやすい環境を整えてあげる。

これが私たち教育者の役割なのだと思います。