あれは留学して間もないとき、とある日本人夫婦に出会いました。

留学生活を最後まで頑張ることができたのは、彼らのおかげだと思っています。

今日はそんな夫婦との出会ったときの話です。

写真は留学初期のころの単語帳ですね。

こんな単語も知らないで、よくアメリカこれたな、と卒業時に思いました。

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アメリカの大学に留学して、まだ間もないとき。

毎日のように、辞書との格闘。

とにかく毎日が嵐のように過ぎていきました

週末も教科書の分からない単語に赤線をひいては単語帳を作る毎日。

クラスでの議論も全くついていけず、自信をうしなう日々。

そんな私は友人からのパーティーへの誘いを断っては、とにかく早く一人前に読めるようになろうと一人図書館にこもりました。

単純にパーティーとかが苦手だったというのもあります。

しかし、そんな孤独・はりつめた緊張感が続いて数ヵ月、とある日本人の夫婦に会いました。

アメリカ生活も定年を迎えて、余生を自然あふれるローズバーグという南オレゴンの小さな町で過ごしている穏やかな仲の良いおばちゃんとおじちゃんでした。

「ちゃんと食べてるの?」と、まるで自分の子どもを心配するように、私に温かい言葉をかけてくれたのです。

そして、その夫婦の家に誘われ、久しぶりに楽しい日本語での会話。

でてきたのはグリルで焼かれた鮭の塩焼きでした。

久しぶりの日本食だな、おいしそうだな、とカフェテリアの美味しくない食事ばかりとっていた私は唾を飲み込みました。。

箸を右手にもち、サケを一口大に切って、口にしたその時。

おばちゃんのやさしさが身にしみると同時に、今まで一人で抱えていたつらさ、孤独さがあふれだしました。

私はそれ以上、何も言えなくなり、歯をくいしばって、こみあげてくる涙をなんとか抑えていました。

しかし、おばちゃんはそんな私の心を察し

「一人で辛かったわね、いいのよ、泣きたいときは泣きなさい」と。

すると、ダムが決壊したかのようにそれまでこらえていた涙が流れ落ちました。

おいしいサケが、涙でしょっぱくなってしまったのを覚えています。

あの時からでした。なんだか、肩の力がぬけたのは。

あのおばちゃんおじちゃんの温かい心に触れていなければ、私の留学生活も最後まで続かなかったかもしれません。

人間というのは、そんな強いものではないと思っています。

どんなに強そうに見える大企業の創設者だって、どこかの大統領だって、意外と一人だけでは弱いものだと思っています。

どんなときも、誰かが支えてくれ、誰かが支えてくれているから、今の自分がいる。

それを自覚し、感謝できるかどうか。

その感謝の想いで周りの人たちを支え、ありがとうと言われるように日々を行動できるかどうか。

他者に貢献できるかどうか。社会に貢献できるかどうか。

私は、学歴とか合格とか偏差値とかよりも、生徒たちにそういう周りの人の温かさを感じ、それに報いる人生を歩んでもらいたいと思っています。

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