産後に妻がガルガル期に入り、今までと全く別の生命体に!

妻が変わってしまった!

前の妻に戻ってくれ!

全てを妻の責任にしていました。

そんな苦しい時に出会った一本の動画。

「優先するべきは、誰が正しいかではなく、どう幸せでいられるか。」

この一言に私は大事なことを気づかされます。

「あ、そうか。自分が正しいかどうかは大事なことではないんだ。大事なことは夫婦がハッピーでいることだ!」と。

心が変われば、景色が変わる

対象読者

こちらの記事は、出産後のガルガル期で悩んでいるお母さん。

または、ガルガルな奥さんを持ってお悩みのお父さん。

または、ガルガルしているので、ご主人に自分を理解してほしいお母さんなど。

そんな方々に向けて書いた、男性目線からのガルガル体験談です。

女性目線のガルガル体験記は世の中にたくさんあるのですが、男性目線のが少ないために友人からのリクエストに応えて書いてみました。

少しでも、この男性目線の体験談が、皆さんの日常に安心感や笑いを提供できればと思っています。

自己紹介が遅れましたが、私はアメリカ・オレゴン州とワシントン州で、日本人向けの学習塾と幼稚園を運営しております、みとのやと申します。

育児や夫婦関連、または地元のオレゴン州ネタでブログ書いています。

それでは、スタートです。

出産前

ガルガルなど想像だにもしていない、まだ子どもが妻のお腹の中にいる頃。

子どもの名前は何にしようか。どんな子が生まれてくるのだろうか。

帰宅しては、お腹の中にいる息子に話しかけていました。

妻に頼まれてやっていたことなのですが、何を話しかけていいのかわからなかったので、お腹の中にいる子に人生相談をしていました。

妻からも「そんな深刻な話しちゃう?(笑)」と。

それはそれは、平和で希望にあふれた日々でした。

エコーを撮って、初めて子どもの顔を見たんですよね。

どれだけかわいい子がお腹の中にいるのだろう、と思って写真を見ると、写真の息子の顔は、まるで「ブルドッグ」でした

「ブルドッグ」みたいな顔の赤ちゃんが生まれてくるのか。。。自分の息子ながら焦りました。

が、顔がどうであれ、健康な赤ちゃんが生まれてくればそれでよし、と夫婦で自分たちを納得させていました。

本当に平和な日々でした。

出産

金曜日の夜から妻のじんつうが始まりました。

金曜日の塾での仕事を終えた時に、妻からメッセージ。

「じんつうきた」

ちょうど塾での授業が終わる直前だったので、私は授業後にあわてて家に。

家に帰ると、あせる私をよそに妻はリラックスしていました。

入院の準備をして、夕食をつくっていました。

陣痛が来て焦るのは女性ではありません、頼りないのは男ですよね。

妻はまだ余裕がありました。

その後、陣痛の間が短くなったので、車に乗り込み、病院へ。

妻は病院の部屋の中を歩き周り、息をスーハースーハー。

時はすでに夜中。

私はこんな時に寝てはいけないと思いつつも睡眠欲はピーク

眠そうにしていたので妻からも「無理して起きていないで、生まれる時は起こすから」と言われました。

なので即寝ました。

あまりに「即」だったので、さすがの妻もキレそうになったそうです。

妻がキレてくるのは、ここからでした。

水中出産

その後、陣痛はピークに。妻は苦しそうでした。

目を覚ましてから時間がたっていた私も、ピークを迎えてました、空腹のピークです。

陣痛のピークを迎える妻 vs 空腹のピークを迎える私

これ以上我慢できない、そう思い、私は持ってきたおせんべいをカバンから取り出し、一口。

パリッ!

気をつけたつもりが、パリッと大きな音がしました。

その時、妻は目を見開き、私に殺意を覚えたようです。

「おまえ何しにきた!?」と。

さらに時間はたち、もうあと少しで生まれるという時。

ここをさすって、と言われ、私は妻の背中をさすりました。

5秒後には、そこじゃない!と言われ、別の場所をさすりました。

それが何度も続きました。

なんども続くので、背中という単語ではなく、〇〇筋とか具体的に指示してくれー、と心で叫んでいました。

と言っても、私はどこに〇〇筋があるのか、もちろん分かっておりません。

なかなか生まれてこない赤ちゃん。

ドクターの提案で予定外の水中出産に。

ワラにもすがる思いで、早く苦しみから逃れたい妻は、ハダカになって一人でおふろに入りました。

裸になる恥ずかしさ、など彼女には微塵もありません。

女性って強いな、その時、妻の裸を見て、生命の神秘を感じました。

それを横目で見ていると、一緒におふろに入ってほしい、と妻に言われました。

すでにハダカで命をかけて出産しようとしている妻を前に

「え?ドクターや看護師さんたちの前でハダカになるの?」と、私はアホな質問をしました。

「はい!?」と妻ににらみつけられました。

その時、ハダカにならないでも、パンツ一丁でいいのか、と気づいた私は。

「パンツ履いて入ってもいい?」とまたまたアホな質問をしました。

「何でもいいから!!」と妻。

私はパンツを履いたまま、おふろに入り、妻を後ろから羽交いじめにしました。

お風呂は少し生ぬるく、パンツが濡れて気持ち悪いなぁ、って思っていました。

妻がヒーフー叫んでいます。

あー!うー!と。天を仰いでいます。

「あと少しだよ!」妻を羽交い締めにしながら応援する私。

「あと少しってどれくらい!分からない!」と、とにかく何を言っても叱られ続ける私

もう仕方ありません。出産に同席するのであれば、旦那は叱られ役を買って出るしかありません。

そしてついに妻の体から何かが出てきました。

あと少し!

本当に苦しそうな妻。

そしてついに体から出てきた赤ちゃん。ヌルッと水の中をアシカのように進みました。

赤ちゃんはドクターにつかまれ、水中から空気に触れました。

その時に初めて息子の顔が見えました。

彼はまるでエイリアン

オォ、ブルドッグではなくエイリアンだったか。。。と安心?しました。

息子は泣き始めました。

みな、出産は感動するとか言いますが、私たちは感動の「か」の字もありませんでした。

妻は出産が終わりホッとして。

私も叱られ続けたこのツライ時間が過ぎてくれてホッとしていました。

しかし、本当の闘いはここからだったのです。

出産後

出産を終えて、私はもう怒られずに済むと安心し、妻も生きてて良かったと安堵している時、お医者さんは部屋からでていきました。

私たちは部屋に残されました。

え?もう赤ちゃんと一緒に過ごすんですか?

日本みたいに、赤ちゃんを別室に連れていかないんですか???

隣に寝てますけど、私が寝返ったら、この子つぶれてしまいませんか?と不安になったものです。

赤ちゃんはウンチがでないと黄疸ができてしまう、とお医者さんに言われていました。

なので、息子のウンチを待っていたのですが、なかなかせず。

心配していると、次の日、息子はやっと力み始め、ウンチをしたのです。

やった!ウンチが出てるよ!

彼が初めてウンチをしただけで、夫婦で感動していました。

出産には感動しなかったけど、ウンチには感動した夫婦です。

泣き続ける息子

息子はうまく母乳を飲めませんでした。

アメリカでは産後、入院できるのは48時間まで。すぐに退院しました。

退院後2日間、息子は家でギャン泣きでした。

ウワサには聞いていましたが、こんなに泣くとは。。。と思いました。

あまりにも泣くので、病院に連れて行きました。

お医者さんにこう言われました。

「舌小帯短縮症なので、うまく母乳が飲めていないわね。手術します」と。

「え?手術ですか!?」

驚く私たちをよそに、お医者さんは、息子の舌を持ち上げると、ハサミで舌と口のつなぎ目を軽くチョキっと切りました。

それって「手術」ではなく、ハサミで少し切っただけじゃん、と素人は心でつぶやきました

産後クライシス:ガルガル期

そしてすでに突入していた産後クライシス。

世に言う「ガルガル期」です。

私もこのブログを書くまで、知らなかったのですが、この時期をガルガル期と言うらしいです。

そうです、まるでワンちゃんが警戒する時にガルガルしているように、妻も他人(私)から子どもを守るためにガルガルしている状態なのです。

産後は子育てと同じくらい、いやそれ以上に!ガルガルな妻への対応が大変なのです

世の男性陣、この ↑ の一文、しっかりハイライトしておいてくださいね。

塾の先生の決まり文句ですね。

ここにハイライトだよ!と。

もしかしたら、皆さんは我が家と違って、平穏な日々を過ごせるかもしれません。

もしかしたらガルガル期がない産後もあるかと思います。

でもそれは、超!!!ラッキーなことです。

ガルガルしていたら、それが当たり前なのだと受け止めましょう。

ちなみに、産後の女性を扱う上で、大事なことが ↓ の本に全て書いてあります!本当にオススメですよ。

睡眠

産後、うちの子どもはお昼は寝てくれました。

しかし、夜になると目がさめます。

妻は長くてもまとめて3時間程度しか眠れません。

起きてこなくてもいいよ、と言っても、赤ちゃんが泣くたびに私が泣き止まない赤ちゃんで苦労していると、妻は起きてくるのです。

俺がやるから、と言っても、ガルガルな妻は意地でも起き上がるのです。

その姿はまるで貞子。テレビから出てくる貞子なのです。

暗い部屋の扉が開いたかと思うと、フラフラで貞子が出てくるのです。

どんどん寝不足になる妻。ガルガル期はどんどん進行していきます。

1日の流れ

毎晩聞こえる赤ちゃんの泣き声。

全く眠れなかったので、出産後、私は妻と別室で寝ていました。

それでも、私は寝不足でした。

夜中に何度か赤ちゃんの泣き声で目が覚めてしまうからです。

朝起きると、私はねむ〜いオーラ全開でした。

なんの意図もなく「あぁ、ねむい」などと言った日には。

「こっちは一睡もしていないんだよ!」とキレられる始末。

妻はもともと攻撃的ではありましたが、その攻撃力は軽く3倍になっていました。

ドラゴンボールの悟空も、この短期間でのレベルアップにはびっくりでしょう。

バトンタッチ

私が朝起きると、妻は眠りに入ります。

私が赤ちゃんを見る番です。

バトンタッチ。

午前中、私は赤ちゃんを見つつ、午後になると、私は仕事に旅立ちます。

塾の先生なので、勤務は午後からです。

育児のバトンタッチ。

そして夜、仕事から帰って来ると、またまたバトンタッチ。

これが我が家のルーティンでした。

仕事から帰り、家のドアを恐る恐る開けると、「待ってたよ」と言うセリフと共に、ニヤっと笑みを浮かべる妻がいつも立っています。

妻は私以外の人間としゃべる機会はほぼなかったので、私が帰宅するとしゃべり続けます

この仕事帰りの妻からの一方的な話がツラかった。本当に。

子どもがなかなか寝なかった、食べなかった、ウンチした、しない、そんなことばかりを聞かされます。

仕事終わりにリラックスしたい中、妻の話を聞かなければいけないのか、と。

出産前のように、仕事から帰ったらぼけっとテレビを見てみたい、なんて口が裂けても言えません。

辛抱強く妻の話を聞きます。

でも、少しでも対応を間違えば、イライラしてしまう妻。

全然子どもが寝なかった、と妻が言うと、ついついアドバイスをしてしまう私。

「こうしてみたら?ああやってみたら?」

私の中では、困っている妻にアドバイスする私は正しい!そう思っていました。

でも、妻はそんなアドバイスにイライラ。

泣き続ける息子。寝不足。イライラ。

バトンタッチをするたびにイライラ。

夜帰ってきて、話をしてもイライラ。

家はまさに地獄でした。

わざと塾に残って、残業に励んでいたのもこの時期でした。

だって家に帰っても、イライラされるだけなので。

妻のためにも、自分は家にいない方がいいのでは、と思うように。

でも、状況は一向に改善することなく、ガルガルはどんどん進みました。

私は思っていました。妻さえ変われば、全ては良くなる

全ては妻が悪く、正しいのは私だ、なんで分かってくれないんだ、と。

TED Talk

そんな無理やりな残業をしていたとき、授業で使えそうなted talkの動画を探していました。

たった5分のTed Talk動画が私を救ってくれました。

Ted Talkというのは、色々な専門家がプレゼンをしてくれる講演会のことです。

その動画はこの章の最後に貼っておきます!

動画は以下のような話でした。

  • NYの飛行機の故障でハドソン川に不時着する時のことを語ってくれた男性。
  • エンジントラブルで飛行機が川に不時着する時、彼は死を覚悟したそうです。
  • その死を意識した経験から色々な考えが変わった、と。
  • その一つに、こんなことを述べていました。
  • 「優先するべきは正しさではなく幸せです。」
  • つまり、夫婦どちらが正しいかと言う無駄なケンカに時間を使わず、どうしたら夫婦がハッピーでいられるか、を考えるようになった、と。

私もこれを見て、「なるほど!」と思いました。

別に正しいことが2人の幸せではないのだ、と。

二人がハッピーでいることがベストじゃないか、と。

そうなのです!私は正しさを何よりも優先していました。

つまり、アドバイスをしている私が正しくて、それにイラついている妻は正しくない。

どうして妻は分かってくれないのだ!と。

私は正しい。間違っているのは、妻の方だ!と。

なぜなら、出産後に変わったのは妻なのだから!と。

しかし、TEDtalkの方は言います。

正しさなんて、どうでもいいんだ。

夫婦がハッピーでいられる方を優先するべきじゃないか、と。

↓が動画です。

*右下のsettingからsubtitleに行き、japaneseを選ぶと日本語の字幕が見られます。

変化

この動画をみて、何よりも、私の意識が変わりました。

それまでは、妻が悪い。私が正しい、だったのが。

妻が悪かろうがなんだろうが、2人がハッピーな方が良い、と。

そう意識が変わりました。

意識が変わるだけで、日々の言動も変わるものです。

まずは、私の日頃の返事が変わりました。

妻が何を言ってこようとも「そうだね、ふんふん」と返せるように。

「今日はこうでこうだったの」と言われたら。

「こうでこうだったのか、それは大変だったね」と返せるようになりました。

返し方が上手くなったよね、と妻からよく言われます。

妻に何かアドバイスをしたくなっても、それはぐっとこらえるのです。

そして、相手がアドバイスを求めるまで、何もアドバイスを言わないようにしました。

別に自分が正しいと思うことを言わなくてもいい。

妻がハッピーならそれで良い。

そう意識が変わると、アドバイスをしなくなり、妻の話をとにかく聞くことに。

すると、余計な夫婦喧嘩がなくなりました。

前は、私のアドバイスに対してイライラな妻に対して、私もイライラしていました。

でもよく考えたら、アホな話です。

妻をイライラさせているのはアドバイスをしている自分なのですから。

アドバイスを辞めればいいのです。

アドバイスをしないで、じっくり話を聞いてあげたら、妻はイライラしなくなるのです。

アドバイスしたくなったら、グッとこらえます。

だって聞かれていないのですから。

解決策なんか妻は必要としていないのです。

ただ単に話を聞いて欲しいだけなのです。

同じ時期に息子が夜に寝るようになった、というのももちろん大きいのですが。

私にはまるで、息子がお父さんに大事なことを気づかせるために夜泣きがひどかったのかな、とさえ思いました。

このガルガル期がなければ、今頃、夫婦ゲンカはもっと多くなっていたでしょう。

話を聞いてほしいだけの妻。共感が欲しかっただけの妻。

そんな妻に対して、延々とアドバイスをして、お互いイライラな夫婦関係。

今思うと本当に地獄でした。

あれが続いていたら夫婦生活が続けられていたかどうかも分かりません。

ガルガル期、これは本当に苦い薬でしたが、「良薬口に苦し」。

ガルガル期があって本当に良かったです。

ガルガル期を迎えているご主人、いつか「ガルガル期があって良かった」と言えるようにted talkをみてみてください。

まとめ

男性陣へ

  • 奥さんのガルガル期は本当にツライので、覚悟しておきなさい。
  • ガルガルなければラッキー。ガルガルしていたら、当たり前と思うこと。
  • 妻が悪い、と思っているうちは何も変わりません。本当に何も変わりません。
  • 何が正しいか、ではなくどうしたら夫婦がハッピーでいられるかを考えましょう。

女性陣へ(妻からの言葉)

  • とにかく余裕がない時期です。
  • ホルモンバランスの問題なので、1年後には、どうしてあんなにガルガルだったのだろう、と思える日が来るようです。
  • 子育てというのは生半可なことではありません。
  • その大事な子育ての土台づくりをしている初めの1年、大いに自分をねぎらってください。
  • 家族や親族ではない誰か第三者に話を聞いてもらうのは、助かった、とのこと。

まとめのまとめ

ガルガル期を迎えているお母さん。

人類が存続できているのは、お母さんたちのおかげです。

本当に偉大なことです。

ありがとうございます。

そんなガルガルな奥さんとの日々をどうしたら良いのか悩んでいるお父さん。

ここをうまく乗り切れるかどうかが、よくも悪くも夫婦のこれからを決めてしまいます。

1年後、夫婦で笑い合っていたければ、是非自らの対応を変えてみてください。

奥さんに出産前に戻ってもらいたくても、それは二度と来ません。

女性は出産を通してどんどん変化していきます。

それと同じように、自分もどんどん変化していくことが求められています。

是非どうしたら夫婦がハッピーでいられるかを考えてみて、奥さんとのやりとりをよーく観察してみてください。

そして、またお父さんも、貴重な子育ての重責を担っている、ということ。

大げさかもしれませんが、人類の未来を担っているということを忘れないでいただければと思います。

本当にお疲れ様です!

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