先日、家族4人でポートランド商工会主催の墓地清掃に参加してきました。前回に参加したのが、ちょうど息子が1歳くらいの時だったので、10年ぶりの参加でした。自分で申し込んだにも関わらず、行く当日は、日曜の朝くらいのんびりしたいと思っていましたが、結果として、参加できて本当に良かった、と思いました。

巣鴨アドバンススクールのと巣鴨キッズのミトノヤです。

上記のイラストは、生成AIで作りました。お墓の写真を勝手にブログに使っては失礼かな、と思ったので。

いざポートランドNEの墓地に着くと、多くのボランティアの方々がいました。

塾の生徒もいましたね。

日系人の年配の担当者が最初に挨拶をしていました。

「今年は参加者が多くて助かる」とおっしゃっていて、少しでもお役に立てたことが嬉しく思いました。

参加者に与えられた役割は3つでした。

お花を埋めるために土を掘る人たち。

たんぽぽなどの雑草を抜く人たち。

お墓についた苔を落とす人たち。

私たちは、苔落としを選びました。

お墓について

お墓の前で、私は考えました。

「いずれ自分たちも、こうして誰かに掃除される側になるのだな」と。

墓石には色々なことが刻まれていました。

名前や日付、出身校など、そこには一人ひとりの物語がありました。

「1898年渡米」「ハワイ大学卒業」などと記された碑もあり、これはある意味、SNSの前身のような存在かもしれないな、と思いました。

我が家の「苔落とし部隊」は、予想外ににぎやか

私たち家族は、お墓についた苔を木べらで削る作業を担当しました。

単純な作業ながら、力も根気も必要で、じわじわと体力を削られます。

私はと言えば、完全にマインドフルネス状態。

他のことは何も考えず、ただ「どうやったら少しでも綺麗にできるか」だけに集中していました。

一方、家族の様子はと言うと…

息子は、完全に義務感で動いており、手を動かしつつ、作業後に用意されていたスパム結びを食べていいかどうかを繰り返し聞いてきました(笑)

妻はひたすら作業に没頭。もはや“苔落とし職人”のようでした

そして1歳の娘は、木べらを握って苔落としの「真似」をするだけなのに、周囲の大人たちから拍手喝采。

気づけば娘は、地下アイドルと化しておりました。

お墓なだけに。

地下ですから。

お墓にかけて。。。

誰もが誰かを動かしている

途中、正直ちょっと疲れて「休憩でもしようかな…」と思った瞬間がありました。

でもふと周りを見渡すと、誰一人として手を止めていない。

みんなが自分の役割に集中し、淡々と作業している。

その空気に引っ張られるように、私もまた手を動かし続けました。

こういう“引っ張られ方”って、日常のあちこちにあるなと思います。

たとえば週末、近所の人が庭掃除をしているのを見ると、自分もやらなきゃと思ったり。

塾でも、周りの子が宿題をしっかりやっていると、自分もちゃんとしようと感じたり。

逆も、また然りです。周りがうるさいから、自分もうるさくしよう、としたり。

いい方向にも、悪い方向にも、人は人に影響を与えているものです。

だからこそ、善の影響力が勝つのか、悪の影響力が勝つのか。

人生とは常にその勝負でしょう。

人は人に影響されて日々を過ごしている、と改めて思ったものです。

“静かな連鎖”は、歴史の中にも息づいていた。

人は、周りから影響を与えられながら、周りに影響を与えながら生きています。

誰かの行動が、次の誰かを動かしていく。

そしてこの“静かな連鎖”は、目の前の作業だけでなく、もっと大きな時間の流れの中にも存在していると感じました。

今回掃除させていただいた日系人のお墓には、私たちの今につながる始まりがあったのでしょう。

異国の地で道を切り開き、文化を守り、つないでくれた方々。

1890年代に渡米した方々もいました。

当時、一体どれだけの日数をかけて渡米したのでしょうか。

その存在があったからこそ、私たちの日本人コミュニティが今、アメリカのオレゴン州にもある。

おそらく、それは一人一人が大して意識していなかったであろうバトン。

でも、一人の人が、次の人へとつながったバトン。

それを、木べら越しに、心で受け取ったような気がしました。

あとは頼んだよ、と言われたような気がしました。

そんなわけで、ポートランド商工会の日系人墓地清掃。

参加できて本当に良かったです。

改めて、こちらのイベントを企画していただいた方々に感謝申し上げます。

↓ の応援ボタンを押してもらえると、喜んじゃいます!

日系人関係ですと、こちらの記事もおすすめです!